偉人のエピソード逸話集

創業者、名経営者、政治家、偉人のエピソード、逸話を大公開!

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松下真々庵

松下真々庵について


■真々庵(しんしんあん)は京都府から明治の文化財に指定されていた


■広さは約2千坪。名庭園師・小川治兵衛(おがわ・じへい)の作による


■昭和36年、松下幸之助(パナソニック創業者)が、とある人からこの邸宅を譲り受け、真々庵(しんしんあん)と自ら名付けた


■明治時代の庭園の基本である借景、自然様式、池泉(ちせん)回遊式を巧みに残したまま、かなり自分好みにつくり替えた松下自慢の庭であった


■その庭を一回りしてから、お客様を十畳の座敷にあげたという


■松下幸之助のもとで22年間働いた、PHP研究所の江口克彦によれば、松下はお客様を座敷に出迎える際に、座布団の並べ方、座布団の表裏、縫い目のない方が前、座布団の前に置かれた灰皿を畳の目数にあわせてまっすぐ並べるなど、かなり細かい指示を江口に出したという


略歴・経歴(プロフィール)
■七代小川治兵衛(おがわ・じへえ)
【1860年~1933年】近代日本庭園の先駆者とされる作庭家、庭師。通称植治(屋号)


※参考文献『成功の法則 松下幸之助はなぜ成功したのか』著者:江口克彦
  1. 2018/01/10(水) 07:45:23|
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薩摩隼人の3条件

薩摩隼人の3条件


■薩摩隼人の3条件は
・示現流(じげんりゅう)を使えること
・天吹(てんぷく)が吹けること
・薩摩琵琶(さつまびわ)を弾けること

の3つである。音楽が2つであることが面白い


■隼人(はやと)とは、古代日本において、薩摩・大隅・日向(現在の鹿児島県・宮崎県)に居住した人々のこと


■他に大隅隼人、多褹(たね)隼人(種子島と屋久島(多禰島)に居住した部族)、甑隼人(甑島に居住した部族)、日向隼人(日向国に居住した部族)などがある


■示現流(じげんりゅう)とは、薩摩藩を中心に伝わった古流剣術。流祖は東郷重位。稽古がすさまじい。面や籠手を着用せず樫より堅いユスの木切れをもって、地上6尺(約182センチ)の立木を、ただただ打ち続ける。朝に3000回。夕に4000回。庭先でも、田畑でも、立木に対してひたすら走り、打ち続ける


■天吹(てんぷく)は鹿児地方の独特の竹製の縦笛


■薩摩琵琶(さつまびわ)は、盲僧琵琶の系譜をひく語りもの音楽の一ジャンル
  1. 2018/01/01(月) 10:30:35|
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惟宗忠久

惟宗忠久(島津氏の先祖)


■惟宗忠久(これむね・ただひさ)は平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての武将。鎌倉幕府御家人。島津氏の先祖とされる。別名は島津忠久(しまづ・ただひさ)


■出自・生年については諸説ある


■源頼朝から島津荘の下司職・地頭職に任じられた後で守護職に任じられた。そのころから「島津氏」を名乗り始めたとされる


出自
■摂津大坂(のちの大阪)の住吉大社の境内で、忠久を生んだ丹後局(たんごのつぼね)が、源頼朝の側室であったという説がある


■また島津家に伝わる史料では、忠久は母が源頼朝の側室で比企能員の妹・丹後局(丹後内侍)で頼朝の落胤(隠し子)であり、そのため厚遇されたとされる。ただし、この言い伝えはいわゆる「偽源氏説」の一種とされ、現在、学会でこれを史実としている人はいない


■鹿児島では根強く信じられている説に、後白河法皇の第3皇子であった以仁王(もちひと)の、ご落胤というのがある


■いずれにしろ、鎌倉時代から続く名家であることに違いはない


島津荘地頭職任命の背景
■忠久は鎌倉時代以前は京都の公家を警護する武士であり、親戚は大隅・日向国の国司を務めていた


惟宗(これむね)家
■出身である惟宗家は近衛家の家司を代々務めた家で、忠久は近衛家に仕える一方で、源頼朝の御家人であった


■東国武士の比企氏や畠山氏に関係があり、儀礼に通じ、頼朝の信任を得ていたという


■惟宗家が元々仕えていた近衛家は、平季基から島津荘の寄進を受けた藤原頼通の子孫である関白・藤原忠通の長男・基実を祖とする家であり、鎌倉時代から島津荘の荘園領主となっていた
  1. 2017/12/31(日) 21:58:10|
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松下幸之助 特許

松下幸之助は特許をとったことがあるのか


■松下幸之助は小学校も満足に出ていないが、パナソニックの礎となる初期の商品開発は松下自身によるもので、松下の発明・考案は特許・実用新案合わせて100件にものぼるという
注釈:特許権は8件。実用新案権92件


■技術面で初期のパナソニックが最も頼りにした中尾哲二郎(副社長、技術最高顧問など歴任)と争うほどだったという


■松下幸之助は経営の神様と呼ばれるが、技術者、開発者としても優秀であったといえる


※参考文献
「人生と仕事について知っておいてほしいこと」PHP総合研究所(編)



■中尾哲二郎(井植歳男(三洋電機株式会社創業者)の妹の夫)である。現パナソニックで副社長、技術最高顧問などを務めた。中尾が現パナソニックに入社すると中尾を中心に電熱部を設置。従来にはないヒーターを鉄板に挟んだアイロンを完成させ、これを販売。技術の総帥として、戦前戦後を通じて数々の新技術・新製品の創出に尽力。1981年9月、79歳で逝去


■松下幸之助(まつした・こうのすけ)
【1894年~1989年】日本の実業家、発明家、著述家。パナソニック(旧松下電気器具製作所、松下電器製作所、松下電器産業)を一代で築き上げた経営者である。異名は経営の神様。晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ
  1. 2017/12/30(土) 22:12:18|
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2017年【本日の名言】「いいね」大賞

2017年度【本日の名言】の「いいね」ランキングベスト20位


■20位「いいね」53件
「人間性への信頼を失ってはならない。人間性とは大海のようなものである。ほんの少し汚れても、海全体が汚れることはない」
ガンジー(政治指導者、宗教家)


■19位「いいね」53件
「苦しいときこそ、船と仲間を命がけで守れる人でなければ、大将になってはいかんのです」
孫正義(ソフトバンク創業者)


■18位「いいね」54件
「足元のゴミひとつ拾えぬほどの人間に、何ができましょうか」
鍵山秀三郎(イエローハット創業者)


■17位「いいね」54件
「私の現在が成功というのなら、私の過去の失敗がみんな土台づくりをしていることにある。仕事は全部失敗の連続である」
本田宗一郎(ホンダ創業者)


■16位「いいね」55件
「一念発起は誰でもする。努力までならみんなする。そこから一歩抜き出るためには、努力の上に辛抱という棒を立てろ。この棒に花が咲く」
桂小金治(落語家)


■15位「いいね」55件
「よいと考えたことは、考えているだけではなんの意味もない。言うだけでも同じこと。実行して初めて本当に考えていたことになる」
松下幸之助(パナソニック創業者)


■14位「いいね」55件
「いつまでも若々しい60代がいる一方で、老人のような20代もいる。人間は加齢ではなく、新しいものに興味がなくなった瞬間に老いが始まるのだ」
堀江貴文(ホリエモン)


■13位「いいね」55件
「人間は負けたら終わりなのではない。やめたら終わりなのだ」
ニクソン(アメリカ第37代大統領)


■12位「いいね」56件
「難しいことだけれども、やろうじゃないかと言い続け、そして実際にやる努力を続けていけば、必ず事はなる。できないと匙を投げたら、永遠にできない」
松下幸之助(パナソニック創業者)


■11位「いいね」56件
「人は、くだらないとして礼儀作法をなおざりにするが、善人か悪人かを礼儀作法で決められることがよくある」
ラ・ブリュイエール(仏の箴言作家)


■10位「いいね」57件
「技術の根本は礼儀なんです。相手を尊重することから、あらゆることが始まるんですよ」
本田宗一郎(ホンダ創業者)


■9位「いいね」57件
「どんなことからも、どんな人からも、謙虚に素直に学びたい。すべてに学ぶ心があって、はじめて新しい知恵も生まれてくる。よき知恵も生まれてくる。学ぶ心が繁栄へのまず第一歩なのである」
松下幸之助(パナソニック創業者)


■8位「いいね」58件
「人にバカにされたことを流せないのは、そのとおりだと自分自身をバカにしているもう一人の自分がいるためです。他人がなんと思おうが、これならいけるというものを見つけ、しっかり継続させていくことです。やればできるから自信がつき、もう一人の自分は消えます」
志茂田景樹(作家)


■7位「いいね」58件
「いやしくも人を傷つける言葉、勇気を挫(くじ)くような言葉、あるいは人を失望させるような言葉、憎しみ、悲しみ、妬みの言葉を遠慮なくいっている人間は、悪魔の加勢をしているようなものだ!そういう人間は、哲学的にいえば、自他の運命を破壊していることを、平気でしゃべっている。だから何遍もいうように、人々の心に勇気を与える言葉、喜びを与える言葉、何とも言えず、人生を朗らかに感じるような言葉を、お互いに話しあうようにしよう」
中村天風(思想家)


■6位「いいね」59件
「結婚するとき、私は女房を食べてしまいたいほど可愛いと思った。今考えると、あのとき食べておけばよかった」
アーサー・ゴッドフリー(俳優)


■5位「いいね」61件
「感謝の言葉をふりまきながら日々を過ごす。これが友を作り、人を動かす妙諦である」
カーネギー(鉄鋼王)


■4位「いいね」61件
「人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか」
本田宗一郎(ホンダ創業者)


■3位「いいね」62件
「動物は走り方を変えることが出来ない。鳥は飛び方を変えることは出来ない。でも人間は生き方を変えることができる」
日野原重明(医師)


■2位「いいね」63件
「成功した人は、普通の人ならその困難に打ち負かされるところを、反対に喜び勇んで体当たりしている」
松下幸之助(パナソニック創業者)


■1位「いいね」69件
「すぐキレるのは、自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないから。たくさんの本を読んで言葉を知ればストレスは溜まらない」
美輪明宏(歌手)
  1. 2017/12/28(木) 21:46:27|
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