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岩崎弥太郎と扇子に小判

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平成23年12月15日
題名:「三菱にみる商売の原点」



今年も残すところあと僅かになったが、本年は政治の停滞が叫ばれる中、一方で大企業の不祥事、問題が浮き彫りになった年ではないかと思う。東電に始まり、大王製紙前会長の子会社からの多額な借り入れ問題、オリンパスの損失隠し問題、読売新聞のお家騒動と次から次へと問題が噴出した。経営者はもとよりそこで働く人、一人一人が一層、襟を正していかなければいけないと思うが、人間が風邪をひくように大企業には必ず大企業病といわれる病気にかかる時期がある。これは一体何故であろうか?

私は大企業病の多くは商売の原点というべきものを忘れた時に起こるのではないかと思う。半官半民でスタートしたケースもあるが、今ある大企業のほとんどは創業者が命がけで多くの犠牲と苦労を重ねリスクを背負い土台を築いてきたものである。そのことに対する有り難さや、またどの企業にも創業期に商売の原点ともいうべき話がたいていあるものである。ところが、時が経つにつれ、世代が代わり、会社が大きくなるにつれていつの間にかその商売の原点というものが忘れさられていく。その時にたいてい大企業病という病気にかかると思う。逆に商売の原点というものをしっかり守っている企業は多少のことではビクともしないだろう。

では商売の原点とは何か、ここではイトーヨーカ堂と三菱の例で考えてみたいと思う。

イトーヨーカ堂の創業者、伊藤雅俊は戦後に母親と兄と3人で東京・北千住の中華ソバ屋「たぬき屋」の軒先から商売の再出発をした。お金もない、土地もない、信用もない、ないない尽くしのスタートである。しかし母親は「お客様は来ないもの」「取引をしたくとも取引先は簡単には応じてくれないもの」「銀行は簡単には貸してくれないもの」、そのような、ないないづくしから商いというものは出発するものと息子達に言い聞かせたという。この母親は明治から商売をしており、それまでに日露戦争と関東大震災で2度も店をを失うという経験をしている。いずれもそこから這い上がってきた気骨な母親であった。実に母親の教育が良かったといえるが、当時を振り返り伊藤は「全てが揃っていたり、揃う目処がついた時点から商売を始めた人はその感覚が乏しいのではないかと思う。全てがないことがあたりまえなんだ、あるようになることは本当に有難いことなんだという思いでスタートした人は、商売の形態、精神力、お客様との関係などを力強く推し進めていくことが出来ると思う」と語っている。

このイトーヨーカド堂のスタートに商売の原点というものを見出せる気がするが、会社が大きくなるほど忘れさられる感覚ではないかと思う。

そして日本を代表する財閥に三菱グループがあるが、三菱の創業期にも商売の原点ともいえる話がある。三菱は明治の動乱期に土佐の地下浪人の子であった岩崎弥太郎(いわさき・やたろう)が創設し財閥の基礎を築いた。明治10年の西南戦争の時には、船で政府軍の軍事輸送を全て請け負ったことから、莫大な利益を得たとされる。このことからも弥太郎は政商として成功し巨利を得た典型的な人物に思われるが、その見方は一方的である。商売に関しては実に厳しい面があったが、ここを見落としてはいけないと思う。

初期の三菱社員は土佐藩士が多数を占め、プライドが高く高飛車な連中が多かった。そこで弥太郎は、社員全員に和服・角帯と前垂れの着用を命じた。周知ように前たれは商人の格好そのものだ。これを全員に強用したのである。お客を神様のごとく丁重に対応するように周知徹底した。この姿勢が世間の人から好感を得て、三菱は信用を確実に築きあげていく。お客様第一を社員全員に徹底させたところに弥太郎の凄さがあると思う。

なかには重役の石川七財だけは、どうしても武士の気風が抜けきれず、顧客に頭を下げることが出来なかった。すると弥太郎は小判を描いた扇子を石川にプレゼントし、「得意先の番頭や小僧に頭を下げると思うから悔しくなるのだ。この扇子を開き小判に頭を下げると思え」とアドバイスした。以後、石川の態度も改まったという。

また、経費に関しても厳しかった。弟の弥之助が白紙に領収書を張り付けているのを見た弥太郎は激怒する。「貴様は立派な紙を使っているが、全国の支社が皆白紙を用いて貼ったならば、年間幾らの費用になると思うか。使い古しの反古紙を用いた場合と幾ら違うか、計算してみよ」と叱りつけた。そこで弥之助が計算してみると400円もの差が出たので驚いたという。

武士上がりの社員が多いなか、全社員に顧客第一主義を徹底できたところに三菱発展の秘訣があると思う、また無駄使いをしないという当たり前のことも徹底したところにも成功の要因があると思うが、いずれも会社が大きくなるにつれていつの間にか忘れさられることである。

イトーヨーカ堂と三菱を例にあげたが、私が調べた限りでは、たいていどの会社にも創業期に商売の原点となる話がある。それが家訓となっていたり、綱領となっていたり、社是となっていたり、企業理念として明文化されている。しかしその明文化されたものが絵に描いた餅になった時に大企業病にかかるといっていいだろう。

また。企業は財テクなど、時には本業と関係ないことに走ることがある。1980年代のバブル期に、特に大企業に財テクに走った企業が多く、バブルが弾けて会社の存続を揺るがすダメージを受けたところが少なからずあった。不正ではないがこういったことも、やはり商売の原点を忘れた時に起こるのではないかと思う。

サントリーの創業者、鳥井信治郎(とりい・しんじろう)が戦後、側近に焼け跡の買い占めを提案されたことがあったが、「そんな阿呆なことはやめなはれ。カネ儲けの方法はなんぼでもあるけど、そんなことで儲けたってしょうがない」と言い、土地買い上げの案を却下した。

やはり、叩き上げで一から商売をやってきた人である、商人道というか、商売に対する正しい感というものが働くのだろう。逆に商売の原点を忘れた時に、正しい判断が出来なくなる。良かれと思ってした決断が命取りになる。ということは常に謙虚に商売の原点を意識することが「転ばぬ先の杖」となるといえるだろう。

文責 田宮 卓
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  1. 2011/12/15(木) 05:14:26|
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