偉人のエピソード逸話集

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山之内製薬創業者

山内健二(やまのうち・けんじ)略歴
1899年~1969年(明治32年~昭和44年)山之内製薬(現・アステラス)創業者。兵庫県加古郡(現・加古川市)に農家の五男として生まれる。大正9年、大阪貿易語学学校卒業後、高木商会へ入社。大正12年、大阪市西区に山之内薬品商会を創立。「ゲリゾン」、「アルバジル」などをヒットさせる。昭和15年、社名を「山之内製薬」とする。69歳で没。

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山内健二の知られざる逸話他
■真に社員を大切にする経営者 http://bit.ly/ypj1n9
■発展する会社はどんな人にも丁寧な対応をする http://bit.ly/AmMcS9
■終身雇用崩壊とともに失われたもの http://bit.ly/xa7tnC





平静21年8月2日
題名:「後発企業が新規参入するための方法」



新規参入事業には当然、当該業界の先発組が存在します。新規事業のシェアを伸ばして、新しく利益を確保するためには先発組が占拠している「聖域」「牙城」と目されているところを、果敢に攻めて取り崩していく作業をしなければなりません。では後発で市場に参入するにはどのように先発組の大手企業の牙城を崩せばいいのか? 過去の事例として山之内製薬(現アステラス製薬)の創業者、山内健二が行った戦略を取り上げて一例を示してみたいと思います。

1922(大正12)年、山内健二は高木商店(薬品部に所属)を辞し、仲間とともに大阪市西区に小さな店を構えました。山之内薬品商会は第一歩を踏み出します。「山之内」としたのは、「山内」が「やまうち」とも「やまのうち」とも読めることから、混乱するのを避けるためでした。山内が24歳の時であった。

まず手がけたのは鼻炎治療剤「清鼻液」の製造販売。しかし、できたばかりの小さな会社の薬を扱ってくれる代理店や薬局はそうはありません。当時業界では、大阪に本拠を置く江戸時代から続く武田長兵衛商店(武田薬品工業の前身)や、田邊屋五兵衛商店(旧田辺製薬の前身)、塩野義商店(塩野義製薬の前身)などがしのぎを削っており、老舗の多くは問屋から出発しただけに流通経路をがっちり握り、新参者の会社の製品を扱ってくれるところはおいそれと出てこなかった。

1924年(大正14年)にロイマチス治療剤の「カンポリジン」が発売され、後に長寿商品となりますが、これがヒットしていなければおそらく山之内薬品商店の発展はなかったでしょう。

開拓すべき行く手にはすでに先発組があり、後発で資金力の乏しい商会がどのようにこの難関を突破すればよいかを考えた。山内が最初に行ったのは月1回のダイレクトメールである。部下に全国の病院リストを作らせ、そして自らペンを取り、「カンポリジン」の説明や使用法などを入れた通信文を書きあげた。山内はこれに1cc入りのアンプルを沿え、全国の病院に郵送した。今でいうPR用のニュースレターのようなものと試供品を送ったのだ。通信文には、毎号山内が自ら書いた新たな治療例が記載された。このユニークなダイレクトメール作戦の効果はすぐさま現れ、しだいにあの薬はどこで手に入るのか、という問い合わせが相次ぐようになってきたのだ。

そして山内は新薬の製造、販売に的を絞り、社員には徹底して、新薬に関するヒントや情報の収集をすることを命じます。アメリカの大学にも聴講生を派遣して情報の収集を当たらせる程の徹底ぶりであった。

それだけではなく、医師と直接会話をするために卸の営業担当者に山之内の社員を同行させ、社員の口から製品の説明をさせるようにしました。現在ではMR(医薬情報担当者)が病院・医院の医師に面会して新薬に関する情報提供・収集を行うのが医薬品業界の重要な営業活動となっていますが、卸の営業担当者に社員を同行させることで直接ユーザーである医師からニーズを聞き出すようにしました。

そしてこれらの情報をまとめて即決で新薬の開発に取り組み他社よりも早く新薬を市場に流通させることに成功させます。

まず初めに解熱消炎利尿剤「タカローゼ」が大当たりし山之内商会の製品二本柱になりました。またドイツのドマーク博士が新しい化学療法としてズルフォンアミド剤「プロトジール」を創製し、その効力が世界的に知られるといち早く情報をキャッチして、自ら陣頭指揮をとりわずか1ヶ月余りでその合成に成功します。「ゲリゾン」の名で世に送り出され一大センセーションを巻き起こしました。次に「ゲリゾン」より幅の広い菌に優れた効果のある二基ズルフォンアミド剤「アルバジル」の製造を発表します。この発表で山之内の名は日本中に広まることになりました。
大手企業になるほど意志決定に時間がかかるようになります。また、会社の看板、信用に胡坐をかいてお客様の要望を真剣に聞かなくなります。そこに油断があり牙城が崩れる隙が出来ます。

後発ベンチャー企業はお客様のニーズを素早く吸上げ他社よりも一日も早く商品化して市場に流通させるスピード力こそが、先発組の牙城を崩す一つの成功モデルになるのではないでしょうか。それも山之内薬品商会のように一気呵成に取組むことが大事で、スピード力がないとたちまち大手企業に真似をされて市場から撤退させられることになりかねません。

 
文責 田宮 卓
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  1. 2009/08/02(日) 23:43:07|
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