偉人のエピソード逸話集

創業者、名経営者、政治家、偉人のエピソード、逸話を大公開!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

東郷平八郎

東郷平八郎(とうごう・へいはちろう)略歴
1847年~1934年(弘化4年~昭和9年)連合艦隊司令長官。海軍大将。薩摩出身。ウースター商船学校中退。1863年(文久3年)には薩英(さつえい)戦争、明治元年には阿波沖海戦、同二年に宮古沖海戦に従軍する。明治時代、日本海軍の司令官として日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献し、日本の国際的地位を「五大国」の一員とするまでに引き上げた。日露戦争では連合艦隊を率いて、日本海海戦で当時世界屈指の戦力を誇ったロシア帝国海軍バルチック艦隊を一方的に破り世界の注目を集めた。88歳で没。

関連サイト
このブログのトップページ(目次) http://bit.ly/xLH35E
東郷平八郎語録 http://bit.ly/yB812q





東郷平八郎の知られざる逸話

平成22年11月14日
題名:「外国人を唸らせたかっこいい日本人④」



元外交官で現在外交評論家の岡崎久彦(おかざきひさひこ)は今から50年以上前に外務省からイギリスのケンブリッジに留学していた。あまりにも優秀なので教授たちが舌を捲いたほどで、その俊秀の噂がなんとオックスフォードまで聞こえていたという。しかも日本が敗戦して10年そこそこ「いまだに戦後」と言ってもよい時代の話である。その頃同じイギリスに留学していた日本人は旧敵国にいて肩身の狭い思いをしていたが岡崎の俊秀の噂に勇気づけられたという。

旧敵国の地で外国人を唸らせた岡崎は凄いが、さらに80年程昔に同じイギリスに留学しており、商船学校の校長の目にとまった特筆すべき日本人がいた。その名は日露戦争の日本海海戦で連合艦隊司令長官として日本を勝利に導いた東郷平八郎(とうごう・へいはちろう)である。 

1873年(明治6年)、明治国家の希望をになった国費留学生として東郷はイギリスの商船学校に入学した。東郷が26歳の時であったが年齢を10歳ごまかしての入学であった。なんでも商船学校の入学者はだいたい16歳から18歳くらいであったからのようだ。極東の無名の国から来た東郷は「ジャニー」「ジャニー」とからかわられ、苛(いじ)めにあったという。異国の地で10歳も年下の子供に苛められるのだから辛かったであろう。しかし当時の校長の東郷に対する評価が面白い。才能「ability」は単なる「Good」可もなく不可もなくといったところであろうか。ところが「お行儀」「品行」「注意力」といったものは「V.Good」つまり規律は最高点であったのである。当時の校長は東郷のことを「彼は素晴らしい青年であった。最初彼を苛める者がいたが、やがて誰も苛めなくなった」という。苛めを引っ込めさせたのはきっと東郷の気魄と人柄なのであろう。

当時、東郷と接していたイギリス人はまさか東郷がイギリスのネルソン提督とならぶ世界の海軍2代英雄になるとは思わなかったであろう。異国の地で10歳も年下に苛められながらも規律で最高点だった東郷はなんとも立派であり、頭が下がる思いだ。
 
 
文責 田宮 卓

参考文献
岡崎久彦 「尊敬される国民 品格ある国家」ワック 渡部昇一 共著
司馬遼太郎「明治という国家上下」NHKブックス
スポンサーサイト
  1. 2010/11/14(日) 23:31:43|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<森喜朗 | ホーム | 小平浪平(日立創業者)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://tamiyataku2.blog.fc2.com/tb.php/50-9edc855a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。