偉人のエピソード逸話集

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永守重信(日本電産創業者)

永守重信(ながもり・しげのぶ)略歴
1944年~(昭和19年~)日本電産創業者。8月、京都に生まれる。昭和42年3月、職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)電気科卒業。昭和48年7月、28歳で日本電産株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。平成10年東証1部上場。

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永守重信の知られざる逸話

平成22年12月7日
題名:「出資をしてもらうには(情熱が人の心を動かす)」




一流の国際的な経営コンサルタント、浜口直太(はまぐちなおと)(株式会社JCI代表取締役)の講演を先日聞く機会があった。浜口は自身の体験を語っていた。ビジネスコンテストがありそこで自ら考えた事業計画をプレゼンしたところ、審査員をしていたソフトバンクの孫正義社長が絶賛し投資をしてもいいということになった。後で孫社長に何が良かったか聞いてみたら、「浜口さんの凄い情熱だ」と言われたとのこと。確かに情熱を持って熱く語ったが、事業計画の中身は何もなかったと浜口は笑いながら話をした。浜口自身もあらゆる経営者を見ていて、事業が成功するかどうかはどれだけの情熱を持って挑むかで決まるという。

どんなにいい事業計画があったとしても、それだけでは成功することはないのであろう。ましてや資金的な協力を得ようとするならば経営者が情熱を持っていることが必須となる。

精密小型モーターの開発・製造において世界一のシェアを誇っている日本電産であるが、創業当時はどのベンチャー企業と同じように資金繰りに苦労した。創業者の永守重信(ながもりしげのぶ)はある銀行の支店長に融資をお願いするが全く相手にしてくれない。まだ創業して一年もたっていないのだから無理はない。永守は粘るがどう話をしてもだめで、最後に「どうしたら貸してくれますか」というと「中小企業金融公庫が貸してくれたら、ウチが半分貸しましょう」といってくれた。無論断り文句であるのだが。

しかし永守は直ぐに中小企業金融公庫を訪ねる。中小企業金融公庫は役所と同じである。真っ暗な部屋の中で若い職員が何しに来よったとばかりジロリと見る。横柄な態度で「おたく、まだできて一年もたってないんでしょ。公庫は、過去2期分の決算書がないと貸せないという規則です」と、あっさり断られた。

だが永守は怒鳴り出したい気持ちをこらえ、熱心に頼みこむ。二人の声は自然と大きくなる。すると、その後ろにいた調査役が「やかましいが、何をいうとるんだ」永守は同じ説明を繰り返す。答えはやはり「規則だから」の一点張り。それでもさらに粘ると次は副長、最後には支店長が出てくる。この支店長が経済評論家となる加藤廣(かとうひろし)であった。加藤は「まあ、話だけは聞こう」と、支店長室に入れてくれた。そして、今までの経過を細かく話すと「実際は規則はそうなのだが、せめて審査ぐらいは出来ないか」と、他の人を集めて説得に当たってくれた。決算書すらなかったが、結局は、取引先であったNECなどからの評判をたずねてもらい、その信用で3000万円の金を借りることに成功した。

その足で永守は銀行へ行く「支店長、公庫がOKでしたら貸してくれる約束ですよね。これが書類です」支店長は目を白黒させて驚く「本当に貸してくれたんですか?」と倒れそうになったという。ちなみにこの倒れそうになった支店長は後に日本電産で働くことになる。人との出会いめぐり合わせとは何とも不思議である。
  
文責 田宮 卓

参考文献
永守重信 「奇跡の人材育成法」PHP
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  1. 2010/12/07(火) 22:41:27|
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