偉人のエピソード逸話集

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世界最古の財閥

住友政友(すみとも・まさとも)略歴
【1585年~1652年】武士から僧侶となり、そののち還俗して京都で書籍と薬を商う「富士屋」を開き、商家・住友家を興した


蘇我理右衛門(そが・りえもん)略歴
安土桃山時代から江戸時代にかけての銅商。住友財閥の業祖と呼ばれ、家祖と呼ばれる義弟の住友政友とともに、創業者の一人に位置づけられる


■住友財閥はロスチャイルド財閥を超える世界最古の財閥と言われており、その歴史は400年以上前にさかのぼる


■住友家には『家祖』と『業祖』と呼ばれる二人の人物がいる


■家祖
住友の歴史は、17世紀の寛永年間(1596~1615)に住友政友(まさとも)が武士(丸岡藩士)から僧侶となり、そののち還俗(げんぞく)して京都に『富士屋』という書物と薬の店を開いたことに始まる。商家・住友家を興したことから住友家の家祖と呼ばれる


■業祖
業祖といわれるのは、住友政友の姉婿にあたる蘇我理右衛門(そがりえもん)で、この人は南蛮人に聞いた粗銅(あらどう)から銀を分離する精錬技術、『南蛮吹き』といわれる銅精練の技術を開発し、天正十八年(1590年)京都に銅吹所を設けた。のちにこの銅吹所が住友家の家業となったので理右衛門を業祖と崇めた


■蘇我理右衛門の長男で政友の娘婿として住友家に入った住友友以(とももち)は、大坂に進出、父理右衛門と協力して同業者に「南蛮吹き」の技術を公開する。これにより住友・泉屋は「南蛮吹きの宗家」として尊敬され、同時に大坂は日本の銅精錬業の中心となった


■江戸時代の日本は、世界有数の銅生産国であり、友以(とももち)は銅貿易をもとに糸、反物、砂糖、薬種などを扱う貿易商になり、さらには分家が両替商も開業し、住友家の泉屋は「大坂に比肩するものなし」と言われるほどに繁盛した


■蘇我理右衛門(そが・りえもん)は住友財閥の業祖と呼ばれ、家祖と呼ばれる義弟の住友政友とともに、創業者の一人に位置づけられる


■1572年、河内国五條(現在の大阪府東大阪市)の蘇我平兵衛の次男に生まれる


■銅精錬・銅細工の修業をし、1590年、京都寺町五条(松原)に「泉屋」として独立する


■当時、わが国の銅吹き技術は未熟で、粗銅に含まれる銀を抜き出せないままに輸出され、外国商人をいたずらに儲けさせていた。理右衛門は、南蛮人(ヨーロッパ人)に鉛を使って銀と銅の吹き分けが出来る原理を聞き、苦心の末、新技術「南蛮吹き」を完成させる。これにより泉屋は大いに栄え、銅業界での確固たる地位も築く。京都東山の方廣寺の大仏(現存せず)や大坂冬の陣の原因とされる「国家安康 君臣豊楽」の銘文のある大梵鐘の銅も、大部分は理右衛門が奉納したと言われている


■住友政友の姉を妻とし、4男2女あったとされる


■次男の忠兵衛は浅井に改姓して二条高倉に移転して泉屋を継いだが、その子の忠右衛門の代に事業が住友家に吸収された
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  1. 2015/03/17(火) 23:39:49|
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