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勝海舟と西郷隆盛(江戸城無血開城)

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平成25年9月1日
題名:「非武装中立で国の安全は守れるのか]
    (勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城)



「棍棒(こんぼう)政策」「棍棒外交」という言葉をご存じだろうか? この言葉は西アフリカの「大きな棍棒(こんぼう)を携え、穏やかに話せば、成功するだろう」ということわざから生まれたとされる。実際にこの西アフリカのことわざを好んで使い、巨大な軍事力を背景に自らの外交政策を相手に強要していった政治家にアメリカの第26代大統領・セオドア・ルーズベルトがいる。

私は国を守るための外交交渉の要諦はこの西アフリカのことわざに凝縮されているように思う。

わが国の日本では1868年、勝海舟と西郷隆盛が話し合いによって江戸城無血開城が決まり、ほとんど血が流れることなく革命的な政権移譲がなされたことがある。 

勝が晩年に語った言葉を集めた『永川清話(ひかわせいわ)』の中でその時の西郷のことをこのように回想している。

「おれがことに感心したのは、西郷がおれに対して、幕府の重臣たるだけの敬礼を失わず、談判のときにも、始終座(ざ)を正して手を膝(ひざ)の上にのせ、少しも戦勝の威光でもって敗軍の将を軽べつするというようなふうがみえなかったことだ。その胆量の大きいことは、いわゆる天空海闊(かいかつ)で、見識ぶるなどということは、もとより少しもなかった」

西郷は勝に敬意を表し、勝は西郷の人物、度量を認めた。だから武力衝突することなく話し合いで平和的な解決が出来たように見えるがそうではない。二人が話し合いをしていた薩摩屋敷の近くには倒幕軍の兵隊が押し寄せ、形勢は西郷ら官軍が圧倒的に有利な状況にあった。つまり西郷は西アフリカのことわざでいう棍棒を携えて交渉にあたっていたのであり、棍棒を持たずに交渉をしていたら江戸城無血開城が成しえたかどうかは大いに疑問の残るところである。

世界史の中で明治維新はほとんど血を流さずに政権移譲がなされた希有な例とされるが、棍棒を持っていたからこそ平和的な話し合いが出来たことを忘れてはならないだろう。

最近、テレビでの討論番組で安全保障の議論が頻繁に行われている。いまだに日本は非武装中立になって、外交努力で平和的に外交問題を解決していくべきだと論じる政党や専門家がいる。はたして棍棒を持たずに丸裸で平和的な外交交渉などというものが本当に出来るのかどうか、過去の歴史から学び考えてみるべきだろう。
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  1. 2013/09/01(日) 20:51:38|
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