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偉人のエピソード逸話集

創業者、名経営者、政治家、偉人のエピソード、逸話を大公開!

中尾哲二郎

略歴・経歴(プロフィール)
■中尾哲二郎(なかお・てつじろう)
【1901年~1981年】日本の技術者。現パナソニック代表取締役副社長。技術最高顧問。井植歳男(三洋電機株式会社創業者)の妹の夫。中尾が現パナソニックに入社すると中尾を中心に電熱部を設置。従来にはないヒーターを鉄板に挟んだアイロンを完成させ、これを販売。技術の総帥として、戦前戦後を通じて数々の新技術・新製品の創出に尽力。1981年9月、79歳で逝去


■中尾は松下電器の技術面を支えた職人である


■関東大震災で焼けだされた中尾は、松下幸之助の工場で下請職人として旋盤作業をしていた。偶然それを見た幸之助は、その腕前に惚れ、正社員として雇った


■当時は砲弾型電池ランプの発売直後、幸之助が設計した改良部品を中尾が試作するという毎日が続いた。やがて中尾の技術力は松下電器の核となる


■幸之助の期待に応え、中尾はアイロンを開発。大ヒットとなった。その後も高性能乾電池、ラジオなど、次々に開発した中尾は副社長まで昇格した


※参考文献『知識ゼロからの松下幸之助入門』(減冬舎)片山修/弘兼憲史
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  1. 2018/01/18(木) 20:29:09|
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松下真々庵

松下真々庵について


■真々庵(しんしんあん)は京都府から明治の文化財に指定されていた


■広さは約2千坪。名庭園師・小川治兵衛(おがわ・じへい)の作による


■昭和36年、松下幸之助(パナソニック創業者)が、とある人からこの邸宅を譲り受け、真々庵(しんしんあん)と自ら名付けた


■明治時代の庭園の基本である借景、自然様式、池泉(ちせん)回遊式を巧みに残したまま、かなり自分好みにつくり替えた松下自慢の庭であった


■その庭を一回りしてから、お客様を十畳の座敷にあげたという


■松下幸之助のもとで22年間働いた、PHP研究所の江口克彦によれば、松下はお客様を座敷に出迎える際に、座布団の並べ方、座布団の表裏、縫い目のない方が前、座布団の前に置かれた灰皿を畳の目数にあわせてまっすぐ並べるなど、かなり細かい指示を江口に出したという


略歴・経歴(プロフィール)
■七代小川治兵衛(おがわ・じへえ)
【1860年~1933年】近代日本庭園の先駆者とされる作庭家、庭師。通称植治(屋号)


※参考文献『成功の法則 松下幸之助はなぜ成功したのか』著者:江口克彦
  1. 2018/01/10(水) 07:45:23|
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薩摩隼人の3条件

薩摩隼人の3条件


■薩摩隼人の3条件は
・示現流(じげんりゅう)を使えること
・天吹(てんぷく)が吹けること
・薩摩琵琶(さつまびわ)を弾けること

の3つである。音楽が2つであることが面白い


■隼人(はやと)とは、古代日本において、薩摩・大隅・日向(現在の鹿児島県・宮崎県)に居住した人々のこと


■他に大隅隼人、多褹(たね)隼人(種子島と屋久島(多禰島)に居住した部族)、甑隼人(甑島に居住した部族)、日向隼人(日向国に居住した部族)などがある


■示現流(じげんりゅう)とは、薩摩藩を中心に伝わった古流剣術。流祖は東郷重位。稽古がすさまじい。面や籠手を着用せず樫より堅いユスの木切れをもって、地上6尺(約182センチ)の立木を、ただただ打ち続ける。朝に3000回。夕に4000回。庭先でも、田畑でも、立木に対してひたすら走り、打ち続ける


■天吹(てんぷく)は鹿児地方の独特の竹製の縦笛


■薩摩琵琶(さつまびわ)は、盲僧琵琶の系譜をひく語りもの音楽の一ジャンル
  1. 2018/01/01(月) 10:30:35|
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