偉人のエピソード逸話集

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雨宮敬次郎

雨宮敬次郎の知られざる逸話

平成22年11月10日
題名:「世界の成功者が誰も言わなかった雨宮敬次郎の名言」




「君は熱心に通ってくるが僕から聞くばかりだ。僕だけが君に知恵をあげるというのは可笑しいじゃないか。君も僕の役に立つ話を持ってきなさい。そうでなければ訪ねてくる理由はないよ」
 
明治の人は善くも悪くも豪快な人が多かった。甲州財閥の一人、雨宮敬次郎(あめのみや・けいじろう)も天下の雨敬(あめけい)と呼ばれ暴れん坊の実業家だった。鉄道、製鉄、製粉、鉱山、電力とあらゆる近代産業を興していったが、鉄道事業にいたっては前代未耳の離れ技?をやってのけた。後の国鉄の線路を生家のある山梨県塩山市の裏庭のわずか200メートルの至近距離まで引っ張り込むことにちゃっかり成功させている。計画を実現するためあらゆる策を弄する。親交のあった時の宰相・伊藤博文に頼み込んだのである。「戦争でも始まれば、甲州の山奥から兵隊や物資を動員しなければならないでしょう。そのためにも・・・」時あたかも日露の戦雲がせまっていたが、まさか雨敬(あめけい)の口車だけが全ての理由ではないであろうが結果において実現した。これがわが国初の政治路線といわれる。その痕跡はいまも中央線・勝沼―甲府間を地図で広げてみると、中央線は笹子トンネルを出て、勝沼を過ぎるあたりから、にわかに北へ湾曲し、次の塩山、山梨市を経て、甲府に達している。その凸部分が雨敬の「欲望」の軌跡である。

そんな豪放な雨敬であったが、ある若者に対して実に味のあるアドバイスをしているから面白い。ある若者とは後に日本化薬の会長、東洋火災海上保険株式会社(現・セコム損害保険)初代会長となる原安三郎(はら・やすさぶろう)である。

小泉信三(こいずみ・しんぞう)(慶応義塾長)は「100冊の本を読むより100人の人物に会え」といったがそのことを忠実に実行したのが原であった。さすがは社長業38年のレコードを樹立するだけのことがあり若いころから目の付けどころが違っていた。原は早大に在学しているころから、日曜、休日には弁当を腰に成功した人物を訪ね、その体験談に耳を傾けた。

また「D・カーネギー人生のヒント」という本に出版王となったエドワード・ボックが少年のころ、伝記の本に出てくる人物に「本には出てこない幼年期の頃のことを知りたい」「あなたが昔運河で曳舟の曳き子をしていたのは本当ですか」といった質問の手紙を出し、このころの各界の一流の人と近づいていった話がある。グラント将軍のところにも手紙を出し南北戦争当時のことを問い合わせた。グラント将軍は地図まで書いて教えてくれた上、ある晩ボック少年を自宅に呼んで御馳走し、一晩中相手をしてくれたという。

恐らく、原に会ってくれた成功者も皆グラント将軍のように喜んで自分の成功談を語ったのだろう。しかし雨敬(あめけい)だけは他の成功者とは一味違う話をしていて面白い。
「君は熱心に通ってくるが僕から聞くばかりだ。僕だけが君に知恵をあげるというのは可笑しいじゃないか。君も僕の役に立つ話を持ってきなさい。そうでなければ訪ねてくる理由はないよ」原はびっくりした。成功者である大先輩に聞かせる話などあるものかと思ったが、以後ただ漫然と訪ね歩くのはやめ、この相手にはこういう話をしたら参考になるんじゃないかと事前に調べ勉強していくようになった。米のことや産地の名産のことなど調べたりして、少しでも土産となる話を持っていくように努力した。

世界中の成功者でもこんな味のあるアドバイスをするのは雨敬だけであろう。あっぱれである。  


参考文献
伊藤肇「瀬戸際で問われる経営者の倫理」ごま書房
伊藤肇「現代の帝王学」 PHP文庫 
D・カーネギー 「人生のヒント」三笠書房
内橋克人「破天荒企業人列伝」 新潮文庫
城山三郎「サラリーマンの一生 対談」角川文庫
日本経済新聞社「私の履歴書 経済人2」日本経済新聞社


関連サイト
このブログのトップページ(目次) http://bit.ly/xLH35E
人物別名言集http://meigennooukoku.net/


雨宮敬次郎(あめのみや・けいじろう)略歴・経歴(プロフィール)
【1846年~1911年】は日本の実業家・投資家。「天下の雨敬」「投機界の魔王」と呼ばれた。結束して商売にあたった甲州商人、いわゆる「甲州財閥」と呼ばれる集団の一人である。甲斐国山梨郡牛奥村(現・甲州市塩山牛奥)に生まれる

原安三郎(はら・やすさぶろう)略歴・経歴(プロフィール)
【1884年~1982年(明治17年~昭和57年)】日本化薬元社長。徳島県生まれ。早稲田大学商学部卒。日本火薬製造(現・日本化薬)に入社。昭和10年に同社社長。以降、昭和48年会長就任まで38年間、社長を務めた。98歳で没。通商産業調査会会長等を歴任

デール・カーネギー略歴・経歴(プロフィール)
【1888年~1955年】アメリカの実業家、作家。ミズーリ州の農家に生まれる。ミズーリ州立学芸大学卒業後、雑誌記者、俳優、営業マン、トラックの運転手など様々な職業を経て、1912年にニューヨーク州のYMCAの夜間学校で、弁論術講座を担当した。話し方から始まった「デール・カーネギー・コース」は受講者の潜在能力を開花させ、人間関係を良好に築くための成人教育の場として発展。さらに「D・カーネギー研究所」を設立し、デール・カーネギー・トレーニングを国内外に普及させた。死後50年以上経った今でもなお、多くのビジネスマン、経営者に支持されている。1963年に出版した「人を動かす」は全米のみならず、世界中でロングセラーとなっている
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  1. 2015/08/05(水) 12:18:56|
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