偉人のエピソード逸話集

創業者、名経営者、政治家、偉人のエピソード、逸話を大公開!

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井上準之助

井上準之助(いのうえ・じゅんのすけ)経歴(プロフィール)
【1869年~1932年】日本の政治家、財政家。第9、11代日本銀行総裁。大蔵大臣、貴族院議員を歴任。現・大分県日田市大鶴町で造り酒屋を営む家で生まれた。東京帝国大学法科大学英法科卒

関連サイト
井上準之助(財政家)語録 http://bit.ly/1mmbObI
井上準之助の家系図 http://bit.ly/1mmcBcz
このブログのトップページ(目次)http://bit.ly/xLH35E



平成26年7 月6日
題名:言葉は時空を超えて生き残る



賢人、偉人、達人たちが遺した名言や語録や格言は、時代を超えて人の心に宿り、励まし、英知の源泉となり続ける。どんな英雄も必ず死ぬが、その人が遺した言葉は時空を超えて生き続ける。最近、そのことを思わずにはいられない。

1920年、第一次世界大戦の好況で飛躍的に伊藤忠合名(現・伊藤忠商事)は事業を拡大するが、一転、取引先の相次ぐ倒産により経営危機に陥る。当主の2代目伊藤忠兵衛が34歳の時である。この時に発生した損失は現在に換算すると数千億円にもなり、日本一の借金王と呼ばれた。

忠兵衛は突然の不運にただ呆然とするのみ。対策を見出せぬまま考えあぐねる日々が続いた。そんなある日のことであった。忠兵衛が若い日に知合い、その後人生の師と仰いでいた、井上準之助(当時、日銀総裁)から一通の手紙が届いた。中から出てきたのは一編の書で、次のように記されていた。

「名を成すは常に窮苦の日にあり、事の敗るるは多くは得意の時による」進退きわまる窮苦の今こそ、名を成す時である。死力を尽くして戦え━という激励の書であった。忠兵衛にとって目頭が熱くなる書であった。

忠兵衛は、ここが生涯の勝負どころと、奮い立った。彼は全財産を投げ出して会社再建に取り組む。それは自宅の庭の灯籠や庭石までも売却したほどの徹底したものであった。その甲斐があり忠兵衛は会社を再建し危機を乗り越えることが出来た。

ちなみに井上準之助が忠兵衛に送った
「名を成すは常に窮苦の日にあり、事の敗るるは多くは得意の時による」

この言葉は、中国・明代末期に編さんされた「酔古堂剣掃(すいこどうけんすい)」に出てくる言葉である。恐らく井上はこの言葉を引用したのだろう。明代末期といえば300年以上前である。この言葉は300年の時空を超えて伊藤忠兵衛の心を打った。

中国といえば孔子の言葉を記した『論語』がある。日本でも資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一をはじめ、今でも多くの経営者や指導者がこの『論語』を道徳的規範としている。

孔子は2500年前の人物であるが、この『論語』に『温故知新(おんこちしん)』という言葉がある。前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見い出し自分のものとする、という意味だ。つまり、2500年前に生きた孔子もそれより前の先人達から学んだものを、弟子たちに語っていたのだ。ということは『論語』は2500年より遥かに昔の人達の言葉が詰まった書といえる。

良い言葉はこれからも生き続け、将来生まれてくる人も励まし勇気づけるだろう。

しかし、歴史は繰り返すというが、人間は何故か同じ過ちを何度も繰り返してきた。人間が歴史から学ばなければならないのは、何も学んでこなかったことではなかろうか。

先人達が遺してくれた英知の詰まった言葉を無駄にしてはいけない。

関連サイト
人物別名言格言 http://meigennooukoku.net/
テーマ別名言格言 http://bit.ly/1jIa9Nh
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  1. 2014/07/07(月) 11:40:32|
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船井哲良

船井哲良(ふない・てつろう)経歴(プロフィール)
船井電機創業者。1927年兵庫県神戸市で生まれる。現・神戸村野工業高等学校卒業。東洋ミシン商会勤務を経て、1951年、船井ミシン商会を創業し、翌年法人組織に改める。1961年、船井電機株式会社を設立。2000年に東証一部に上場。

関連サイト
このブログのトップページ(目次)http://bit.ly/xLH35E
ハリー・トルーマン語録 http://bit.ly/O1oZwb
船井哲良(船井電機創業者)語録 http://bit.ly/15Q8eu4
武藤鍬三郎(東洋ミシン商会創業者)語録 http://bit.ly/15NyGEG




船井哲良(船井電機創業者)の知られざる逸話

平成25年9月15日
題名:「偉人伝を読む価値」



以前、アメリカの歴代の大統領の語録 http://bit.ly/OKsvi9 をまとめたことがある。第33代大統領にハリー・トルーマンという人物がいる。彼は日本に原爆投下を決めた人物であり、どうしても好きになれない大統領ではあるのだが、彼は人が生きていくうえで大切なことをいくつも言葉に遺してくれている。

その一つが偉人伝を読む意義を簡潔に述べていることである。
「偉人たちの伝記を読むと、彼らが最初に勝利する相手は、自分自身であることがわかる。もっとも大切なのは、自己鍛錬をおいて他にはない」ハリー・トルーマン

トルーマンは農家の家に生まれ、高校卒の学歴で大統領になった人物である。大学にはいかなかったが、きっと幼少の頃から偉人伝を読みふけり、そこから学んだことを糧に奮闘努力して大統領にまで昇り詰めたということが想像できる。

日本にもこんな人物がいる。戦前の話である。小学校4年生頃から、古本の戦国武将伝に熱中し、時には授業中も教科書の内側に武将伝を挟んだままこっそりと読みふけるほどだったという。

彼はその時のことをこのように振り返る
「古本に生き生きと描かれた、戦国時代の武将の生き方を通じて、人間の生き方や、英雄のリーダーシップのあり方を学んでいた。まるで自分の物語のように、血湧き肉踊らせて血肉とした」

「私は学校の勉強には熱心ではなかった。学校の教科書のかわりに、戦国武将伝が『生きた教科書』となった」

そして旧制中学に入学すると、読書の対象は、戦国武将伝から古今東西の起業家の立志伝へと変化していったという。

彼が武将伝や経営者の伝記から学んだことの一つが皆、裸一貫で勝負していること。「自分も同じように勝負したい」と思うようになったという。武将伝や経営者の立志伝を読んでいるうちに、いつしか『夢』『志』が膨らんでいったと語る。

そして、日本は広島と長崎に原爆を投下され、昭和20年8月15日に終戦をむかえた。

この人物はこの時18歳。「敗戦で、日本は焦土と化している。しかし、自分のためにも、日本のためにも、このまま負けるものか。ゼロから商売を立ち上げてやる」という激しい闘志がみなぎってきたという。そして「40歳で5つの会社の社長になる。今に見ておれ」と18歳の時にこう決意する。彼は、最初は当時日本最大のミシン卸問屋だった東洋ミシンで修業をした後、24歳で独立をする。この人物は船井電機(2000年に東証一部上場)の創業者、船井哲良(ふない・てつろう) である。

船井は敗戦で焦土化し日本中が意気消沈していたが、武将伝や経営者の立志伝を読みふけっていたお陰でかえってファイトが湧いたという。

そして船井は「読書が夢をはぐくむ」と語る。人は生まれた環境に関係なく読書によって『夢』『志』を育むことが出来る。偉人伝はその補助としては最たる書物の一つといえよう。
  1. 2013/09/15(日) 21:31:48|
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勝海舟と西郷隆盛(江戸城無血開城)

関連サイト
このブログのトップページ(目次)http://bit.ly/xLH35E
勝海舟語録 http://bit.ly/wb97TV
西郷隆盛語録 http://bit.ly/ynvFbj
セオドア・ルーズベルト語録 http://bit.ly/NF4Bo9



平成25年9月1日
題名:「非武装中立で国の安全は守れるのか]
    (勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城)



「棍棒(こんぼう)政策」「棍棒外交」という言葉をご存じだろうか? この言葉は西アフリカの「大きな棍棒(こんぼう)を携え、穏やかに話せば、成功するだろう」ということわざから生まれたとされる。実際にこの西アフリカのことわざを好んで使い、巨大な軍事力を背景に自らの外交政策を相手に強要していった政治家にアメリカの第26代大統領・セオドア・ルーズベルトがいる。

私は国を守るための外交交渉の要諦はこの西アフリカのことわざに凝縮されているように思う。

わが国の日本では1868年、勝海舟と西郷隆盛が話し合いによって江戸城無血開城が決まり、ほとんど血が流れることなく革命的な政権移譲がなされたことがある。 

勝が晩年に語った言葉を集めた『永川清話(ひかわせいわ)』の中でその時の西郷のことをこのように回想している。

「おれがことに感心したのは、西郷がおれに対して、幕府の重臣たるだけの敬礼を失わず、談判のときにも、始終座(ざ)を正して手を膝(ひざ)の上にのせ、少しも戦勝の威光でもって敗軍の将を軽べつするというようなふうがみえなかったことだ。その胆量の大きいことは、いわゆる天空海闊(かいかつ)で、見識ぶるなどということは、もとより少しもなかった」

西郷は勝に敬意を表し、勝は西郷の人物、度量を認めた。だから武力衝突することなく話し合いで平和的な解決が出来たように見えるがそうではない。二人が話し合いをしていた薩摩屋敷の近くには倒幕軍の兵隊が押し寄せ、形勢は西郷ら官軍が圧倒的に有利な状況にあった。つまり西郷は西アフリカのことわざでいう棍棒を携えて交渉にあたっていたのであり、棍棒を持たずに交渉をしていたら江戸城無血開城が成しえたかどうかは大いに疑問の残るところである。

世界史の中で明治維新はほとんど血を流さずに政権移譲がなされた希有な例とされるが、棍棒を持っていたからこそ平和的な話し合いが出来たことを忘れてはならないだろう。

最近、テレビでの討論番組で安全保障の議論が頻繁に行われている。いまだに日本は非武装中立になって、外交努力で平和的に外交問題を解決していくべきだと論じる政党や専門家がいる。はたして棍棒を持たずに丸裸で平和的な外交交渉などというものが本当に出来るのかどうか、過去の歴史から学び考えてみるべきだろう。
  1. 2013/09/01(日) 20:51:38|
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岡田完二郎

岡田完二郎(おかだ・かんじろう)経歴(プロフィール)
【1891年~1979年】日本の実業家。富士通信機製造(現・富士通)元社長。富士通中興の祖と呼ばれる。三重県出身。東京高商(現・一橋大学)を卒業後、古河合名會社に入社。古河鉱業社長、宇部興産副社長を経て現・富士通の社長に就任。富士通発展の礎を築いた。


関連サイト
このブログのトップページ(目次)http://bit.ly/xLH35E
岡田完二郎(富士通中興の祖)語録 http://bit.ly/18w7Dla
出井伸之(ソニー元CEO)語録 http://bit.ly/13lAioD



岡田完二郎(富士通中興の祖)の知られざる逸話

平成25年5月29日
題名:「サラリーマン社長に求められるもの」
 


先日、ソニー元CEOの出井伸之の著書『迷いと決断』を読んだ。今、かつては新しい商品を世に送り出すことで成長してきたメーカーがみな、業績不振にあえいでいる。何故、ベンチャー企業と言われていた時よりも開発資金も、人材もいるのに世の中があっと驚くような商品をつくれなくなったのか、その理由の一つが『迷いと決断』を読んで分かった気がする。

出井はソニーで、創業者チームに属さない初めての『プロフェショナル経営者』、つまり純粋なサラリーマン経営者として10年間ソニーの経営を任された。

出井はプロフェッショナル経営者の最大の悩みは、社内の求心力をいかに確保するかだという。創業者ならば、『会長が言っているから』として社内が納得することでも、プロフェッショナル経営者が求心力を保つには、売上高や利益を増やして、経営の成果を数字で示すしかない。そこで、プロフェッショナル経営者はどうしても、短期的な業績アップに力を注がざるを得なくなるという。

さらに最近は、株主も説得しなければならない。むしろこっちの方が大変かもしれない。つまり経営者が中期・長期的な視野で新商品の開発や、新規事業を立ち上げようと思っても社内や株主の理解を得られず断念しているケースが多く、目先の利益ばかりを追いかけるようになった。その結果、斬新な商品をつくることが出来なくなったのではないかと思う。

とは言うものの、サラリーマン社長に創業者のようなカリスマ性を持てといっても無理である。ではどうすればいいのか? 社内外の人を説得するのに一番必要なのは『不退転の決意』で挑むことではないかと思う。

日産を再建したカルロス・ゴーンは『再建計画がうまくいかなければ責任をとる』と明言した。この決意があってこそ社員の求心力が保てたのではないかと思う。

また富士通、中興の祖の呼ばれた岡田完二郎は、1962年の年頭訓示で『コンピューターに社運を賭ける』と宣言した。私はこの言葉に並々ならぬ決意を感じる。当時はコンピューターの黎明期、リスクが大きいことからライバル会社はコンピューターに本腰を入れることに躊躇していた。そんな中、富士通が業績低迷から抜け出すにはこれに賭けるしかないと岡田は果敢に決断した。この決断にまず技術陣が奮い立ち死に物狂いで頑張った。この岡田の決断があり富士通は79年度、日本アイ・ビー・エムを抜いて国内のコンピューター売上高トップに立ち、名実ともに日本最大のコンピューターメーカーへと躍進し、富士通発展の礎となった。

では経営者は決意や情熱さえ示せばいいのかといえば、やはりそんなに甘くはないだろう。ソフトバンクの孫社長は10代後半のころの気持ちを
『最初にあったのは夢と、そして根拠のない自信だけ。そこから全てが始まった』

とよく表現するがこの言葉に騙されてはいけないと思う。なぜなら孫社長はソフトバンク設立前、事業選択をするために一年半かけてつくった『40の事業の市場調査とビジネスプラン作成の資料の厚さ』はなんと、十数メートルにもなったという。そして誰もやりたがらないパソコン用パッケージソフトの流通事業を選択し起業した。根拠は大いにあるといえる。

サラリーマン経営者にはその事業にかける決意と根拠の両方を示すことが求められるだろう。
  1. 2013/05/29(水) 21:18:29|
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井伸之出

井伸之出(いでい・のぶゆき)略歴
ソニー株式会社元CEO(最高経営責任者)。クオンタムリープ株式会社代表取締役。1937(昭和12年)年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、60年にソニー入社。95年社長に就任。99年よりCEOを兼務。2006年クオンタムリープ株式会社を設立し、代表取締役に就任。

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出井伸之(ソニー元CEO)語録 http://bit.ly/13lAioD
岡田完二郎(富士通中興の祖)語録 http://bit.ly/18w7Dla



出井伸之の知られざる逸話

平成25年5月29日
題名:「サラリーマン社長に求められるもの」

 

先日、ソニー元CEOの出井伸之の著書『迷いと決断』を読んだ。今、かつては新しい商品を世に送り出すことで成長してきたメーカーがみな、業績不振にあえいでいる。何故、ベンチャー企業と言われていた時よりも開発資金も、人材もいるのに世の中があっと驚くような商品をつくれなくなったのか、その理由の一つが『迷いと決断』を読んで分かった気がする。

出井はソニーで、創業者チームに属さない初めての『プロフェショナル経営者』、つまり純粋なサラリーマン経営者として10年間ソニーの経営を任された。

出井はプロフェッショナル経営者の最大の悩みは、社内の求心力をいかに確保するかだという。創業者ならば、『会長が言っているから』として社内が納得することでも、プロフェッショナル経営者が求心力を保つには、売上高や利益を増やして、経営の成果を数字で示すしかない。そこで、プロフェッショナル経営者はどうしても、短期的な業績アップに力を注がざるを得なくなるという。

さらに最近は、株主も説得しなければならない。むしろこっちの方が大変かもしれない。つまり経営者が中期・長期的な視野で新商品の開発や、新規事業を立ち上げようと思っても社内や株主の理解を得られず断念しているケースが多く、目先の利益ばかりを追いかけるようになった。その結果、斬新な商品をつくることが出来なくなったのではないかと思う。

とは言うものの、サラリーマン社長に創業者のようなカリスマ性を持てといっても無理である。ではどうすればいいのか? 社内外の人を説得するのに一番必要なのは『不退転の決意』で挑むことではないかと思う。

日産を再建したカルロス・ゴーンは『再建計画がうまくいかなければ責任をとる』と明言した。この決意があってこそ社員の求心力が保てたのではないかと思う。

また富士通、中興の祖の呼ばれた岡田完二郎は、1962年の年頭訓示で『コンピューターに社運を賭ける』と宣言した。私はこの言葉に並々ならぬ決意を感じる。当時はコンピューターの黎明期、リスクが大きいことからライバル会社はコンピューターに本腰を入れることに躊躇していた。そんな中、富士通が業績低迷から抜け出すにはこれに賭けるしかないと岡田は果敢に決断した。この決断にまず技術陣が奮い立ち死に物狂いで頑張った。この岡田の決断があり富士通は79年度、日本アイ・ビー・エムを抜いて国内のコンピューター売上高トップに立ち、名実ともに日本最大のコンピューターメーカーへと躍進し、富士通発展の礎となった。

では経営者は決意や情熱さえ示せばいいのかといえば、やはりそんなに甘くはないだろう。ソフトバンクの孫社長は10代後半のころの気持ちを
『最初にあったのは夢と、そして根拠のない自信だけ。そこから全てが始まった』

とよく表現するがこの言葉に騙されてはいけないと思う。なぜなら孫社長はソフトバンク設立前、事業選択をするために一年半かけてつくった『40の事業の市場調査とビジネスプラン作成の資料の厚さ』はなんと、十数メートルにもなったという。そして誰もやりたがらないパソコン用パッケージソフトの流通事業を選択し起業した。根拠は大いにあるといえる。

サラリーマン経営者にはその事業にかける決意と根拠の両方を示すことが求められるだろう。
  1. 2013/05/29(水) 20:54:54|
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